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東京地方裁判所 平成10年(ワ)11927号 判決 1999年3月11日

主文

一  被告は、原告に対し、金七〇〇万円及び右金員に対する平成一〇年六月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、訴外甲野一郎(以下「訴外人」という。)を被保険者及び保険契約者、被告を保険者とする生命保険の受取人であるとして、被告に対し、訴外人の死亡による死亡保険金七〇〇万円及び本訴状が送達された日の翌日である平成一〇年六月一六日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。

一  争いのない事実等

1  訴外人と被告とは、平成五年四月一日、被保険者及び保険契約者を訴外人、保険者を被告、死亡を保険事故とする保険金を七〇〇万円、保険料を毎月一万九三四八円、保険料払込期間を二五年間として、生命保険契約(以下「本件保険契約」という。」を締結した(甲一、弁論の全趣旨)(ただし、本件保険契約の死亡保険金の受取人が原告であるかについては原被告間に争いがある。)。

2  訴外人は、平成一〇年三月一一日に死亡した。(争いがない。)

二  争点

1  訴外人が、同人の意思により、原告を死亡保険金の受取人に指定したか。

2  訴外人が原告を死亡保険金の受取人に指定したことが、公序良俗に反し、無効であるか。

被告は、原告と訴外人には婚姻外性関係があり、その関係を維持する目的、あるいは右関係の対価として、訴外人は、原告を死亡保険金の受取人に指定したのであるから、右指定は、公序良俗に反し無効であると主張する。

3  妻がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を被告が拒否することを、原告は知りながら、被告の保険外交員であることを利用して、被告に提出する「第三者受取契約チェックシート」に、原告と訴外人は同居しており、被保険者たる訴外人に戸籍上の配偶者はいないと記載したうえで、原告が訴外人の代理人として、被告と、本件保険契約を締結した事実があるか。右事実があるとして、右事実があれば、本件保険契約の保険約款二二条の「保険契約者の詐欺による保険契約は無効とする」との規定の適用、類推適用により、本件生命保険契約のうち保険金の受取人の指定のみが無効になるか。

なお、被告は、右1ないし3の各争点につき、訴外人が同人の意思により原告を死亡保険金の受取人に指定した事実はなく、原告を死亡保険金の受取人に指定したことは公序良俗に反し無効であり、訴外人の代理人である原告の詐欺により、原告を死亡保険金の受取人に指定したことは無効であると主張し、本件保険契約のうち受取人の指定のみ無効であるとの解釈のもと、平成一〇年六月一六日、死亡保険金を訴外人の妻等の法定相続人に支払ったと主張する。

第三  当裁判所の判断

一  争点一について

証拠(甲四、乙一、原告本人)によれば、本件保険契約の契約申込書(乙一)の契約者欄及び被保険者欄に「甲野一郎」と署名し、死亡保険金受取人欄に「乙川春子」と署名するなどして右契約申込書を作成したのは、被告の保険外交員である原告であることが認められる。

しかしながら、原告は陳述書(甲四)及び原告本人尋問において、訴外人に頼まれて、乙一を作成したと供述しており、証拠(甲四、乙二、原告本人)によれば、訴外人は平成五年三月二八日に、被告の診査医の診査を受けていること、訴外人が月払の保険料を支払っていたことが認められ、右各事実によれば、原告の右供述は信用できる。

被告が、訴外人の意思により原告を死亡保険金の受取人に指定した事実がないと主張する根拠は、乙一を作成したのが原告であることのみであるが、前記のとおり、訴外人の依頼により、原告が乙一を作成したことが認められるから、被告の右主張は採用できない。

したがって、訴外人の意思により、死亡保険金の受取人を原告と指定することも含めて本件保険契約が締結されたことが認められる。

二  争点二について

1  証拠(甲一ないし四、乙一、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和一六年二月一日生で、平成二年四月五日に訴外乙川夏夫と離婚している。原告は、昭和六三年ころから、被告の保険外交員をしている。

訴外人は、昭和一八年二月三日生で、昭和四四年五月二日に丙山花子と婚姻している。

原告と訴外人は、平成三年ごろ知り合い、原告は、訴外人には妻があることを知りながら、性的交渉をもつようになった。

訴外人は、平成五年三月ころ、死亡保険金受取人を原告とし、被保険者を訴外人、被告を保険者とする生命保険に入ると言いだしたので、原告が、契約申込書(乙一)等を作成して、被告との間で、本件保険契約を締結した。

訴外人が平成一〇年三月に死亡するまで、原告と訴外人間の婚姻外性関係は継続したが、原告と訴外人が同居した事実はなく、原告が訴外人からの金員に依存して生計を立てていた事実もなかった。

本件保険は、二五年間の生存を保険事故とする生存保険が組み合わされた養老保険であり、生存保険金の受取人も原告と指定されている。生存保険金の金額は七〇〇万円である。

2  1項記載の事実によれば、本件保険契約締結時、訴外人が五〇歳、原告が五二歳であって、本件保険が、二五年間の生存及び二五年間経過前の死亡という保険事故が組み合わされている養老保険であることからすれば、本件保険契約締結の目的が原告の老後の生活の保全にある可能性があり、また、原告が被告の保険外交員であることからすれば、本件保険契約締結の目的が、原告の保険外交員としての成績を上げることであった可能性もあり、本件保険契約締結が、不倫な関係の維持継続を目的とするもの、不倫な関係の維持継続と対価性を有するものと認めるに足りない。更に、保険料は一か月二万円足らずであり、本件保険契約締結が訴外人の妻等法定相続人の生活の基礎を脅かすものであるとする事情も証拠上窺えない。

したがって、訴外人が、原告を死亡保険金の受取人に指定したことが、公序良俗に反すると認めるに足りない。

三  争点三について

1  <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告作成の保険外交員用の平成一〇年の「新契約取扱のてびき」(乙四)には、第三者受取契約につき、「戸籍上の配偶者がいるにもかかわらず内縁の妻を死亡保険金受取人に指定することはできません。」との記載があるが、被告営業教育部作成の保険外交員用の平成四年五月の「一般過程テキスト 基礎知識編」(乙六の1、2)には、「契約の選択」の項に、「最近では生命保険を本来の加入目的で契約するのではなく、保険制度を悪用し、保険金や給付金を不当に得ようとするケースが増加してきており、社会的に大きな問題となっています。したがって、申込みを受けた個々の契約について選択する必要があります。」「注 契約の選択とは、生命保険契約をするにあたって、会社がその申込みに対し危険度の大きさを評価し、契約を承諾するか否かを決めることです。」「(3)道徳上の危険(モラル・リスク) モラル・リスクとは、『保険を利用して、不正に利得しようとする心理状態』の人がすすんで保険に加入したがる傾向があることをいいます。不正に保険を利用しようとするものは、犯罪に結びつくおそれもあり、善意の契約者の利益をそこなわないために、また契約後のトラブルを避けるためにもモラル・リスクの防止に十分注意を払う必要があります。契約取り扱いに際して、次の点に特に注意しましょう。・申込みの動機に不審な点はないか ・契約者や被保険者の収入、地位、年齢などに比べて、保険金額や入院給付金日額が過大でないか ・死亡保険金受取人が、家族以外の第三者になっていないか。」「<参考>生命保険に関する犯罪例 <事例>1 入院給付金の不正受給 二人以上で共謀して、一方が交通事故の加害者、他方が被害者となり、故意に交通事故を発生させて不必要な入院により給付金を不正に受給した。2 死亡保険金詐取 従業員に多額の保険をかけ、従業員を殺して保険金を詐取した。」との記載があるにすぎず、被告営業教育部作成の保険外交員用の平成四年三月の「正しい販売と私たちの役割」(乙七の1ないし3)には、「(3)モラル・リスク(道徳的危険)の排除生命保険によって不当な利益を得ようとする不純な動機をもつものをモラル・リスク(道徳的危険)といいます。もし、このような動機を持つ人が大勢加入し、保険金や給付金の不正受給が多発しますと、大数の法則の基礎、収支相等の原則がくずれ、・会社の収支のバランスがくずれます。・善良な契約者との間で、公平性が保てなくなり善意の加入者の利益がそこなわれる。・私たちの社会的信用を失うことになりかねない…など それぞれ、善良なお客さま、会社、私たちが損をすることになります。私たちは、毎日の活動の中で、正しい選択を行うことが大切であり、契約の選択に必要な情報の収集を十分に行わなかったため、後日、契約上のトラブルが発生することがないよう、また、モラル・リスクの排除に努力しなければなりません。」「モラル・リスク排除のチェックポイント (2) 収入・資産と保険金額について ・年収・資産、または営業内容に比べて、保険金額が不当に過大な契約でないか。 (3) 入院関係特約の付加について ・職業上の危険はないか ・入院給付金日額にこだわってないか。・当社と他社の入院関係特約を併せて過大な契約内容となっていないか。・保険金額とくらべ、入院保障が著しく過大ではないか。 (4) 契約者・被保険者・受取人の関係について ・死亡保険金受取人が第三者になっていないか。・雇用主が契約者・受取人となり従業員が被保険者の場合、加入基準は明確になっているか。また常識的に考えて過大な契約ではないか。 (5) 加入順位と加入金額について ・家計(企業)の中心者でない者が、家計(企業)中心者より過大に加入していないか。 (6) 債権・債務について ・債権・債務にもとづく契約でないか。 (7) 生活環境・職業について ・暴力団関係者や無職者の申込ではないか。 ・職業が無許可の金融業、興業、不動産業、飲食業で営業内容からみて不適当な契約ではないか。」との記載があるにすぎない。

(二) 生命保険契約締結に際し、保険外交員が記載して被告に提出する「第三者受取契約チェックシート」(乙五)には、「本用紙は、被保険者の二親等内の血族及び配偶者以外が死亡保険金受取人となっている場合に提出してください。」と記載され、「被保険者、契約者、受取人が内縁関係の場合 1被保険者と受取人は同居していますか。2被保険者あるいは受取人に戸籍上の配偶者がいますか。3被保険者と受取人との間に子供はいますか。」とのチェック項目が記載されているところ、原告は、「被保険者と受取人は同居していますか」の項目につき、「二年同居」か「三年同居」と記載して、「第三者受取契約チェックシート」を被告に提出した。原告は、契約申込書(乙一)の受取人の続柄欄に「内縁」と記載して、乙一を被告に提出した。

2  被告は、平成五年四月当時、妻がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を被告が拒否していたし、そのことを保険外交員たる原告も認識していたはずであると主張する。

しかしながら、平成五年四月当時に存した乙六の1、2は、「モラル」との言葉は使用しているが、その内容は、生命保険契約締結に際し、その契約に、保険事故を故意に作出して保険金を騙取すること、保険金目的の殺人などの犯罪的行為が隠れていることに注意すべしとの趣旨であることは、1(一)項記載の乙六の記載から明らかであるし、平成五年四月当時に存した乙七の1ないし3にも「モラル」との言葉を使用しているが、その内容は乙六と同様、生命保険契約に、保険事故を故意に作出して保険金を騙取すること、保険金目的の殺人などの犯罪的行為が隠れていることに注意すべしとの趣旨であることは、1(一)項記載の乙七の記載から明らかであり、1(一)項記載の乙六、七の記載には、妻がいる場合に、受取人を愛人とする生命保険契約を拒否すべしとの記載は全く窺えない。

したがって、乙六の1、2、七の1ないし3からは、被告が、平成五年四月当時、妻がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を拒否していた事実を認めるには足りず、原告が、右事実を認識していたことも認めるに足りず、更に、乙五にも、被保険者と受取人が内縁関係の場合に、被保険者あるいは受取人に戸籍上の配偶者がいるかどうかチェックする項目の記載はあるが、戸籍上の配偶者がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を拒否すべしとの記載はないから、乙五の記載から、直ちに、被告が、平成五年四月当時、妻がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を拒否していた事実を認めるには足りず、原告が、右事実を認識していたことも認めるに足りず、他に、被告が、平成五年四月当時、妻がいるにもかかわらず愛人を受取人と指定する生命保険契約の締結を拒否していた事実及び原告が、右事実を認識していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

3  1(二)項記載のとおり、原告は、訴外人と同居していなかったのに、乙五に同居していると記載し、内縁とは男女が婚姻の意思を有して同居し、事実上の婚姻関係がありながら、未だ法律上の届出をしていない状態を指すから、原告が、原告と訴外人の関係を内縁と乙一に記載することは、やや不適切であるが、原告が、乙五に訴外人と同居していないと記載し、乙一に受取人の続柄に内縁以外の記載をしていたならば、被告が本件保険契約を締結する意思表示をしなかったとまで認めるに足りる証拠はない。

なお、被告は、原告が、乙五に被保険者たる訴外人に戸籍上の配偶者はいないと記載して被告に提出したと主張するが、乙五の被保険者に戸籍上の配偶者がいますかとの項目に、原告がいないと記載した事実を認める証拠はなく、被告の右主張は採用できない。

4  したがって、訴外人の代理人である原告の詐欺によって被告が錯誤に陥り、その錯誤によって被告が本件保険契約を締結する意思を決定したことを認めるに足りる証拠はない。

四  したがって、争点1ないし3についての被告の主張はいずれも理由がないから、被告が原告に対し、保険金の支払いを拒むことはできず、原告の請求は理由があるので、これを認容する。

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